td2sk の日記

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MOSAIC.WAV と物理

この記事は MOSAIC.WAV Advent Calendar 2020 の 20 日目の記事です。 昨日はげきちんさんの愚民自転車部(非公認)でした。

はじめに

MOSAIC.WAV の楽曲には、科学、ゲーム、時事等々、様々なネタが登場します。 しかし、ネタが広範囲かつディープなため、気づかないままになっていることも多々あると思います *1

今回は Advent Calendar という機会に、自分の好きな物理学に関する曲の背景や歌詞の仕掛けについて語ってみます。 みんながそれぞれ詳しい分野で語ってくれたらもっと理解が深まると思うの。

扱う曲

今回は、MOSAIC.WAV の楽曲のうち、特に物理学要素の強い以下の楽曲の背景知識や歌詞について扱います。

Gravity Pavillion (重力波,重力波天文学)

Gravity Pavillion

Gravity Pavillion

  • 発売日: 2019/10/02
  • メディア: MP3 ダウンロード

Gravity Pavillion では、曲名の通り重力(特に重力波)がテーマになっています。

この曲は、重力波によって見えるようになった広大な宇宙の領域をパビリオンになぞらえるという、エモたれ*3必須のお気に入り曲です*4。 この記事を読んだ人にもエモたれを感じてほしい。

高校の物理では、重力理論としてニュートン万有引力を習ったと思います。 しかし、これは近似理論で、より正確にはアインシュタイン一般相対性理論(一般相対論)が成り立つことがわかっています*5

一般相対論では、質量*6によって時空そのものが歪むという考え方をします。 物質や光は歪んだ空間にそって真っ直ぐ進もうとするため結果的にコースが曲がってしまい、重力に引っ張られて落下するように見えるというわけです。

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地球の重力で空間が歪むイメージ。実際には2次元ではなく4次元の時空が歪む

さて、ここで重力源(たとえば太陽)が激しく動いたらどうなるでしょうか。 地球で観測すれば、太陽からの重力が強くなったり弱くなったりするでしょう。 重力は時空の歪みなので、時空自体の伸び縮みがまるで波のようにじわじわと*7伝わることになります*8。 これを重力波といいます。

重力波(=時空の歪みの波)が伝わる様子のイメージ図。2つの星が互いを回っているような状況で強く放出される

重力波は一般相対論の基礎であるアインシュタイン方程式から出てくる現象なので、理論の提唱当初からその存在が予想されていました。もし重力波が理論通りに見つかれば、一般相対論の正しさについての強力な証拠になります。

しかし、重力波による時空の伸び縮みはほんの僅かです。理論の検証のためには、およそ 10^-21m 程度の距離の変化を検出する必要があります。 これは、太陽と地球の距離が水素原子 1 つ分(10^-10m)伸び縮みする程度の差でしかありません。

そのため、理論でも間接証拠の面でも*9重力波の存在は確実と見られていましたが、初観測に成功したのはつい最近、 2015 年です*10


Gravitational waves discovered: 'we did it'

重力波検出の発表。シンプルな喜びの言葉"We did it!"が一部で流行した

長年待ち望まれていた成果ということもあり、業績を上げてから受賞まで何十年もかかるノーベル賞には珍しく、2017 年受賞となりました。

重力波の観測により、重力波天文学という新たな分野も誕生しました。

天文学では、古来から人の目によって記録が行われていました*11。 中世、ガリレオによって望遠鏡が発明されてからも、人の目による観測であることには変わりませんでした。

近代になると、電磁気の性質が判明したことで、宇宙から飛んでくる電波全般*12を"観る"ことができるようになりました。 どんな種類の電波に注目するかで、それぞれ赤外線天文学、紫外線天文学、X 線天文学、などのジャンルがあります。

しかし、電磁波による観測には以下のような弱点があります。

  • 間に他の物体があると遮られる
  • 地球の大気でぼやけてしまう*13
  • プラズマに遮られる
    • まるで霧がかかったかのように、光ではプラズマの向こうを見通すことができません

一方、重力波は時空自体の伸び縮みのため、間に何があろうと関係なく突き抜けていきます。 そのため、光が地球に届かないような遠方のことも、重力波を調べることで"観る"ことができるようになりました。 初観測された 2015 年からまだ 5 年しか経っていませんが、たくさんの成果があります。

ブラックホールの合体

初めて観測された重力波は、2 つのブラックホール(それぞれ太陽の 36 倍、29 倍の質量)の合体現象の際に放出されたものでした*14

検知した重力波を音に変換したもの

ブラックホールは、小さいものは超新星爆発の残骸として作られることが理論的に分かっていますし、大きいもの(太陽の 10 億倍の質量など)は天文観測によって見つけることができます。 しかし、その中間の質量を持つブラックホールは、どうやってできるのかもその存在もはっきりとはしていませんでした。 今回太陽の 30 倍程度のブラックホールの合体を捉えたことで、小さなブラックホールが合体して巨大ブラックホールに成長していくという仮説の信憑性が上がったことになります。

宇宙の誕生に迫る

宇宙は、小さな火の玉が急膨張して誕生したという、いわゆるビッグバン仮説は聞いたことがあるかと思います。 この仮説も様々な証拠からかなり信憑性は高いものと考えられています。

望遠鏡や電磁波の観測で宇宙の非常に遠いところを観ると何が見えるでしょうか。 例えば 130 億光年先の宇宙を観ると、光がそこから地球に届くまで 130 億年かかるので、まさに 130 億前に起きた現象が見えていることになります。

この"遠くを見れば過去が見える"ことは、ビッグバン仮説の検証にも使われています*15

しかし、初期の宇宙はまだ膨張しきっておらず、非常に熱い(数兆~数千度)状態でした。 このような温度では物質はプラズマ化しているため、先に述べた通り光は遮られてしまいます。 そのため、この時期より前は霧がかかったかのように見通すことができません。

プラズマがなくなったのは*16宇宙誕生から 38 万年後、温度が 3000 度に下がったころだと考えられています。 そのため、どんなに遠方を見ても、宇宙誕生から 38 万年の間は、"遠くを見れば過去が見える"という手法が使えないのです。

お察しの方もいるかと思いますが、ここで重力波が使えます。 先程述べたように、重力波はプラズマの影響を受けないため、重力波を使って"遠くを見れば過去が見える"を実践すれば、もっと前まで遡ることができるようになります。

生まれたての宇宙が見えるかもなんて、ワクワクしますね。

歌詞ピックアップ

曲全体に重力の要素が散りばめられているため、全て解説すると引用の範囲を超えてしまうことになります。そのため、特に面白い部分についてピックアップで紹介します。 記事を読んだ上でぜひ歌詞カードを読み返してみてください。 新しい発見がたくさんあると思います。

  • 「身近で未知な力」
    • 自然界には 4 つの力がある
      • 重力
      • 電磁力
      • 弱い力*17
      • 強い力*18
        • 正式名称がこれ
    • 重力は一番身近な力だけれど、実は最新の素粒子論は重力だけが理論に組み込めていません
      • 電磁力、弱い力、強い力の 3 つを統一して説明するのが素粒子論の標準模型(スーパータピオカンデの方でちょっと触れます)
  • 「霧のプラズマが晴れるまでに」
    • 重力波によって霧のプラズマが晴れる前、誕生初期の宇宙の様子がわかるようになるかもしれない*19
  • 「時空をひずませて」
    • 重力による時空の歪みそのものですね。この曲は歌詞の大半の部分に重力の性質が込められています
  • 「新しい出会いと冒険の始まりの日」
    • 重力波が"見える"ようになったことで、今まで見えなかった遠くの宇宙、過去の宇宙がたくさん見えるようになった
    • 科学の目が増えて、いったいこれからどんな新発見が生まれるのかワクワクしない? 私はする

歌詞カードの繰り返しマークが星と原子なのもおしゃれ*20

スーパータピオカンデ

スーパータピオカンデ

スーパータピオカンデ

  • 発売日: 2020/06/24
  • メディア: MP3 ダウンロード

曲のタイトルは、素粒子物理学の観測装置であるスーパーカミオカンデに由来します。

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スーパーカミオカンデ。壁面のセンサーがタピオカに見えなくもない


「進化し続けるスーパーカミオカンデ」

スーパーカミオカンデは、岐阜県神岡鉱山に作られた、 Nucleon Decay Experiment(核子崩壊実験)装置、神岡(KAMIOKA) + NDE = カミオカンデ の後継機です*21

ニュートリノの観測装置として、小柴昌俊さんや梶田隆章さんのノーベル賞につながった研究で有名ですが、もともと N はニュートリノではなく核子(Nucleon)のことを指していました。

なぜ核子(具体的には陽子)の崩壊が重要なのでしょうか。

現代の物理学では、素粒子の相互作用は標準模型という理論の枠組みで概ね説明がつくことがわかっています。その"概ね"の部分を埋めて、より多くのことを説明できる大統一理論の研究が行われていますが、その候補理論では陽子が崩壊*22することが予想されています*23。そのため、陽子が本当に崩壊するのか、崩壊するなら寿命はどれぐらいなのかを調べることで、複数ある大統一理論の候補を絞り込むことができるのです。

陽子の寿命は(寿命があるとしても)非常に長いことが知られていて、少なくとも 1034 年(つまり 1000000000000000000000000 年)以上と考えられています。 ちなみに宇宙の年齢はこれと比べるとほんの一瞬、たった 140 億年(14000000000 年)程度です。*24

「陽子の寿命が 1034 年なら崩壊するのは遥か未来だから、実験したって崩壊するところは観測できないんじゃないの?」と思うかもしれません。しかし、素粒子の寿命というのは生物のそれとは異質なものです。

素粒子は生物と違って老化したり病気になったりすることはありません。 いつでも産まれたてと同じような状態を維持しているのですが、まるで延々とロシアンルーレットをやっているかのように、ある時突然死にます*25。 運悪く 1 秒で崩壊を迎える陽子もあれば、1034 年程度生きるものもあり、さらには寿命の倍や 3 倍、あるいは 100 倍など、遥かに長い期間無事なものもいます。 陽子の寿命は、たくさんの陽子の寿命の平均値のことを表しているのです。

さて、例えば陽子を 1034 個ぐらい用意してあげれば、だいたい 1 年に 1 個ぐらいは確率的に壊れてくれそうな気がしますよね。

そして、陽子というのは原子の構成要素なので、物質といわれて普通想像するようなものにはだいたい含まれています*26

というわけで、ジャケット比較の写真で紹介したような巨大なタンクに水(H2O)を大量に入れておけば、毎年何個かは陽子が崩壊するでしょう*27。そしてその一部をセンサーで検知できれば*28、陽子が崩壊するという大統一理論の予想を確かめ、理論の候補を絞ることができます。 また、検知の頻度から陽子の寿命を推定することもできるわけです。

しかし、いくら観測しても陽子が崩壊するところを観測できませんでした*29*30

これは実験の失敗ということではなく、陽子の寿命の見積もりに使える重要な結果です。 大統一理論の有力候補の一つでは、陽子の寿命は 1032 年程度でしたが、そうするとカミオカンデで陽子崩壊が観測できないことが説明できません*31。 今まで説明してきた陽子寿命の見積もり(1034 年以上)は、スーパーカミオカンデによる 10 年以上の観測で 1 度も陽子崩壊が検知されなかったことを根拠に算出された値なのでした。

カミオカンデには改良が加えられ、陽子の崩壊だけではなくニュートリノの観測も行えるようになりました。 名前の由来である Nucleon Decay Experiment(核子崩壊実験)も、頭文字の NDE を変えずに Neutrino Detection Experiment(ニュートリノ検出実験)と上手に読み替えました。 *32

ニュートリノはほとんどの物質をすり抜けてしまうのですが、大量の水を用意すれば、運良く水にぶつかるかもしれません。そのときに発生する光を検出することでニュートリノの通過を間接的に検出できます。

カミオカンデによるニュートリノ検出実験では、以下のような成果が得られています。

歌詞ピックアップ

  • 「重さがあるということを世界で始めて発見」
  • 「基本的な理論の見直しを迫る」
  • 「宇宙から降り注ぐ」「観測は困難でも重さはそこそこある」「対消滅*34
  • 「世界は次第に~(中略)~分かれた」
    • ものの運動に影響する力は 4 つ
      • 重力
      • 電磁力
      • 強い力
      • 弱い力
    • 宇宙誕生当初はすべての力は1つで、冷えていくにしたがって違いが生まれ、分かれていったと考えられています
  • 「3 種のフレーバー」
  • 「1 秒間に 100 兆個」
    • この記事を読んでいる間にも1京個ぐらいあなたの体をニュートリノが通過しています

歌詞カードの繰り返しマークはタピオカミルクティーでした。 2箇所あったらニュートリノのマーク(?)だったのでしょうか。

まとめ

今回は、Advent Calendar という機会にかこつけて、大好きなMOSAIC.WAVと趣味の物理学について 2 つの曲のテーマ、素粒子と重力を掘り下げてみました。 実は現代物理では、素粒子論と重力理論はそれぞれ別々の枠組みで作り上げられており、2 つを統一した理論を作ることは未だ成し遂げられていません*35。 いつの日か、2 つの理論を統一する夢の理論が登場して、それをテーマにした MOSAIC.WAV の曲が聴けることを楽しみにしています*36

MOSAIC.WAV Advent Calendar 2020 明日 21 日目は hinayuma さんです*37

*1:私も Twitter 等で MOSAIC.WAV について熱く語っているツイートを見て初めて知ったことがたくさんあります

*2:量子論量子コンピューターについて書くには、時間と力量と余白が足りませんでした。きっと来年の Advent Calendar でやります

*3:この記事を書いているのが締め切り直前ということがバレる

*4:Spotify の集計によると、私が去年一番再生した MOSAIC.WAV の曲がこれでした

*5:ではなぜ高校では一般相対論ではなく近似でしかないニュートンの理論を教えるかというと、1. ニュートン理論のほうが圧倒的に簡単 2. 身の回りの現象であれば誤差はごく僅か ということによります。難解な相対論の計算をしても、(宇宙のようなスケールでなければ)ニュートン理論とほぼ同じ結果しか出ないので、ただ労力の無駄なわけです

*6:より正確にはエネルギー・運動量テンソル。相対論では質量はエネルギーの一形態として解釈されます

*7:じわじわと言いましたが実際は光と同じ速さで

*8:ニュートンの重力理論には、重力の変化が伝わる過程が含まれていません。どんなに遠くで星が動いても、その影響による重力の変化は無限の彼方まで一瞬で伝わることになりますが、それって何か変ですよね?

*9:連星(前掲の動画にあるような、2 つの星が互いの周りを回っているもの)の動きを観測すると、星が徐々に近づいていくことがわかります。このときのエネルギーの減少分と、連星から放出される重力波のエネルギーが一致することから、間接的に存在が確認されていました

*10:Advanced LIGO という最新の装置が稼働してからわずか 2 日後のことでした。この実験施設では、誤検知しないための訓練として時々偽物の重力波データを解析チームに渡すことになっているとのことで、早すぎる検出にチームは疑心暗鬼だったそうです

*11:たとえば、天動説は紀元前 2900 年頃~紀元前 2100 年頃の 800 年分の精密な観測データを元に、2 世紀ごろにプトレマイオスによって大成しました

*12:可視光も電波の一種

*13:そのため、ハッブル宇宙望遠鏡のように宇宙空間で観測したりします

*14:36+29=65 ですが、実際にできた合体後のブラックホールの質量は 65 より 3 小さい 62 でした。太陽 3 つ分の質量エネルギーが(有名な E=mc2 によって)重力波として放出されたと考えられます

*15:宇宙背景放射というビッグバンの名残が(電波で)見える

*16:宇宙の晴れ上がりといいます。歌詞にも出てきますね

*17:驚くことに、"弱い力"が正式名称です。由来は(電磁力に比べて)弱いからです

*18:驚くことに、"強い力"が正式名称です。由来は(電磁力に比べて)強いからです

*19:エモい

*20:現代物理学の 2 大テーマである重力と素粒子

*21:ちなみにスーパーカミオカンデの後継機としてハイパーカミオカンデが計画されています。Superluminal → Hyperluminal みたいな名付けですね

*22:複数の別の素粒子に分裂すること

*23:標準模型では陽子は崩壊しないということになっています

*24:仮に陽子の寿命を 100 年とすると、宇宙の年齢はおおよそ 100 兆分の 1 秒になります

*25:もちろん生物ではないので死ぬわけではなく、崩壊=複数の素粒子に分裂することの例えです

*26:水素原子には 1 個、酸素原子には 8 個など、原子には原子番号と同じ数の陽子が含まれています

*27:スーパーカミオカンデでは 5 万トンの水(=7*1033 個の陽子)を用意しています。

*28:実は、水はセンサーの役割も果たしています。水は陽子崩壊の影響で微弱な光を放つため、この光を光センサーで捉えることで、間接的に陽子崩壊が起きたことを知ることができるわけです。上手いことできてますね

*29:2020 年 12 月現在、陽子が崩壊する現象は世界で 1 例も観測されていません

*30:SF など創作の世界では割とよく崩壊します。たとえばこれ

*31:そのぐらいの寿命なら観測できるほどたくさん崩壊するはずなので

*32:略語の意味を後から変えたものをバクロニムといいます。MOSAIC.WAV の曲だと、H な国の科学教育に出てくる SOD が(バクロニムとは少し違いますが)ダブルミーニングになっていますね

*33:このような発見は「理論が間違っていて残念」ではなく「理論の限界を発見し改良するチャンスを与えた」と捉えられ、高く評価されます

*34:この記事で触れるには余白が足りない

*35:素粒子論に合わせて重力の量子化(グラビトン)をするのが一番安直な方法ですが、素粒子論の強力な道具である"くりこみ"は、重力には使えないことが分かっています

*36:超対称性理論(Super Symmetry,SUSY)のスージーちゃんが出たりしないかなとか色々と楽しく妄想してます

*37:投稿後にリンク予定